08.生活スタイルの多様化

0801 中流意識の定着と若者意識の変化

 1958年の「国民生活に関する世論調査」では、暮らし向きが「中」と答える20歳以上の国民は37%、「中の下」32%で、「中の上」を合わせると72%でした。1966年の調査では「中の中」が51.7%に増え、「中の下」28.4%、「中の上」を合わせると中流と答える国民は87.4%に達しました。「下」は7.4%程度に過ぎません。だれもが生活に余裕があるわけではなく、住宅も狭かったのですが、電気製品などで生活が快適になり、食生活も豊かになりました。高度経済成長期を経て人びとの間に「一億総中流」の気分が広がり、大半の人びとは、世間並みの生活をしていると認識していたといえます。

 同調査は18歳以上の国民を無作為に抽出して行われている調査であり、その後も最新の調査に至るまで9割近くの国民が中流と答えており、「下」は10%にもおよびません。しかし「国民生活に関する世論調査」とは別の、「国民生活基礎調査」の1986年以降の調査では、1986年に、生活意識として「大変苦しい」と「やや苦しい」が合わせて約4割でした。バブル経済期に、それらはやや減少しましたが、バブル経済期以降は増加して、2010年代には約6割となりました。そのうちの「やや苦しい」の比率はほぼ同じで、「大変苦しい」の比率が拡大しました。

 生活が苦しいにもかかわらず、「中流」意識をもつ世帯が多いことは矛盾ともいえ、調査方法の違いに起因する可能性もあります。しかし生活意識が具体的な生活感を反映しているのに対して、暮らし向きは社会的なステータス意識を反映しているとすれば、高度経済成長期に醸成された中流意識を持ち続けることで、つつましくとも平安な生活を保つことができていると考えることもできます。

 1969年度版「厚生白書」[*8-1]には、「わが国は、第2次大戦後の荒廃と混迷のなかから立ち上って以来、約20年の間に、『エアハルトの奇跡』といわれた西ドイツの復興をしのぐ経済発展をなし遂げ、昨年は、国民総生産において自由世界第2位となり、1人当たり国民所得においても西欧先進国の一角に到達した。われわれをとりまく環境の眼に見える範囲でも、林立する高層建築、急速なモータリゼイションの進行、高級耐久消費財の普及、レジャーブームなど消費水準の高度化が随所にみられ、『3C(カー、クーラ、カラーテレビ)から3V(別荘、海外旅行、社交)へ』などのことばさえささやかれる時代となった」と記されています。

 
 図 主要耐久消費財の普及率

 同白書では、それにもかかわらず国民の多くが生活上の不満をいだいている原因の一つは欲望自体の高度化、もう一つは地域や社会の生活環境の未整備であるとみています。さらに前者については「所得水準の上昇につれて当然ともいえる傾向であるが、わが国の場合、消費水準からみてやや負担の重い買物をするとか、堅実な生活の向上という面で問題のある優先順位で消費を行なうなどいわゆる消費の背伸び現象ともいうべき消費態度について若干の問題がないわけではない」と指摘しています。

 1973年に第1次石油危機が勃発し高度経済成長期が終わりました。1970年代後半以降になると、所得は高度経済成長期ほど上昇しなくなりました。一方で物価もそれほど上がることはなく、高度経済成長期の「三種の神器」や「3C」はすでに普及期に入っていました。多種多様な商品が開発され、皆が同じような商品を欲することはなくなりました。ビデオカメラやカセットテープレコーダーなどの製品があらわれ、しかもそれぞれに新機能や高品質の新製品が矢継ぎ早に発売されました。

 1977年にはアップル社からApple IIが発売され、1979年には、NECがパーソナルコンピュータPC-8001を、アイワがカセットデッキステレオを小型化したキャリーコンポを、ソニーがウォークマンを発売し、若者を中心に普及しました。さらにコンパクトディスク(CD)プレーヤーが1982年に発売されました[*8-2]。1983年にはNECがパーソナルコンピュータPC-9801を発売するとともに、パーソナルコンピュータ向けのOSであるMS-DOSがマイクロソフト社から発売されました。さらに1995年のWindows95の発売によってパーソナルコンピュータの普及が進みました。

 単独世帯は、1980年に一般世帯の約20%を占めるようになりましたが、まさにそのころに、個人が単独で使用することを想定した音響機器などの電子機器があらわれ、情報機器も、若年層を中心に普及が始まりました。

 若者の意識には、高度経済成長期のころから変化が生じてきました。1960年代後半には、伝統的キリスト教を批判し、自然回帰や性の解放などの価値観をもつ「ヒッピー」がアメリカを中心にあらわれました。日本では、アイビールック、ミニスカート、DCブランドなどのファッション、洋楽・邦楽などが若者を中心として次々に流行しました。消費者の選択肢に新たなカテゴリーが加わり、消費活動は著しく拡大しました。

 1960年には学生や知識人などによる日米安保反対運動が起きました。1965年に始まったアメリカによる北ベトナム爆撃に反対する世界的な反戦運動に連携する動きもありました。社会と時代の雰囲気が大きく変化した1960年代後半は、団塊の世代が成人に達する時代でもありました。

 1968年から1969年の東大紛争をきっかけにして、既存の組織、社会体制に疑問を抱き、変革しようとする、あるいは破壊しようとする学生運動が、海外の政治状況の影響も受けながら全国に広がりました。若者の多くは、その運動に賛成または反対の立場をとるにしろ、中立や無関心であるにしろ一定の影響を受けました。学生運動は、1972年の浅間山荘事件以降、次第に収束に向かいましたが、高度経済成長期は、戦前からの価値観の枠組みが崩れ、それぞれが立場や意識の相違や多様性が意識され始めた時期といえます。


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