0303 人口移動の原因 -給与格差と産業の都市集中

 都市部への人口移動の主因は都市部と地方部との間の所得格差です。「賃金構造基本統計調査」によると1955年の平均現金給与月額は、都市部の東京都2.2万円、大阪府2万円などに対して、地方部では1.5万円前後でした。東京都の給与月額を100として地方圏域別の比率推移をみると、1960年ごろまでは、関東地方と近畿地方、北海道・東北地方、九州地方・沖縄の比率は80程度、中部地方と中国地方、四国地方が70前後でした。

 
 図 圏域別、平均現金給与額(事業所規模30人以上)

 1960年代から北海道・東北地方と九州地方・沖縄の比率が下がり、東京都、大阪府、愛知県などとの格差が鮮明になりました。東京都と他地域の給与格差は、1960年代後半には近畿地方などでも10%以上、北海道・東北地方、九州地方・沖縄、中国地方、四国地方などでは30%弱でした。このような格差は1970年代以降、中部地方を除いてさらに拡大していきました。

 1961年の「厚生白書」[*3-2]は、1951~1957年の東京都移動人口統計調査において、東京都への転入理由として「就職・転職のため」など職業に関する理由が6割近くにのぼると指摘し、「職業的理由による人口移動がこのように多いのは、根本的には所得水準ないし生活水準についての地域間格差の顕著なことに基づくものと考えられる。」「所得水準の低い県から高い県に向かって人口移動(職業上の移動)が行なわれていることを明確に示して」いると記しています。

 ただし都市部は地方部にくらべて物価が高い傾向にあります。とりわけ家賃は、全国平均を100とすると東京都は、2017年「小売物価統計調査」では135、1978年以降の「住宅統計調査」および「住宅・土地統計調査」では140から150に達しています。地方部では70台ですので、地方部の2倍程度です。家賃以外の物価についての2017年の統計では、総合物価指数では東京都は全国平均よりもやや高い程度ですが、食料と家具、家事用品、教養娯楽などは103、教育は106などでした(小売物価統計調査)。東京都など都市部の物価や家賃・住居費は高いのですが、給与の高さがそれを補って余りあることが、都市部への移動を促していたと考えられます。

 
 図 物価の地域差指数(全国平均=100)

 1970年「国民生活白書」[*3-3]には、大都市に対する二つの意識調査の結果が紹介されています。東京青年会議所「東京都民生活意識総合調査報告書」によると、「東京のもつ魅力として、『文化の恩恵』をはじめ、『教育に便利』、『豊かな消費生活』、『いろいろの仕事』、『わずらわしくない人間関係』などがあげられている。」また、大都市企画主管者会議による6大都市調査では、「なにかにつけて生活が便利」、「気がねなく暮らせる」、「文化施設が多い」、「子供の教育に適している」、「仕事のやりがいがある」などがあげられていました。

 一方で大都市の欠点として、その二つの調査によれば、「交通事故」がもっとも多く、ついで「物価」、「公害」、「公園緑地が少ない」などがあげられていました。

 都市部で給与が高いこと、人口が集中した要因の一つは商工業の蓄積です。「工業統計表」によると、日本の工業は都市部を中心として発達しました。1920(大正9)年の製造品出荷額全国シェアは、大阪府17%、兵庫県12%、東京府14%、神奈川県5%、愛知県6%、福岡県4%で、これらの府県で58%を占めており、1940年には64%に達しました。重点化・集中化は軍需物資生産の効率化を進めるために政策的に進められたものでしたが、戦後もその産業政策は維持されたといわれています[*3-4]。終戦直後は6府県によるシェアは低下しましたが1950~1953年の朝鮮戦争による特需によって産業は活況を呈し、1960年に59%となりました。

 工業が都市に集中したのは、各地域の産業発達の歴史に加えて、国策による方向付けが大きな要因でした。

 一方で商業は、卸売業では都市部を中心として発達し、小売店、飲食店は都市部を中心としながら地方部でも独自の発達をしたと考えられます。戦後の「商業統計表」(1952~1985年)によると、商社などを含む「卸売業」の従業者数の全国シェアは、1952年で東京都21%、大阪府18%、愛知県7%、合計46%で、1970年ごろまでは都市部でのシェアが拡大しました。

 卸売業の年間販売額の1958年全国シェアは東京都と大阪府が28%、愛知県9%、合計約65%でした。従業員1人当たりの販売額は1958年時点では大阪府がもっとも高く、大阪府と愛知県、東京都のみが全国平均を上回っていました。なお1人当たり販売額は1964年には東京都がもっとも高くなり、その後、東京都と他の道府県との格差は拡大しました。

 小売店については、各都道府県の従業員数はほぼ人口に比例していますが、都市部の郊外に位置する埼玉県・千葉県や奈良県で、人口に対して従業員数がやや少なくなっていました。一方で従業員当たり販売額は、東京都が全国平均の1.5倍近くであるなど、都市部で大きい傾向にありました。また人口当たりの販売額は都市部が上回っています。

 飲食店の従業員数は都市部では人口に対して多くなっています。東京都では全国平均の2倍程度、大阪府もそれに近い従業員数です。それにもかかわらず、従業員当たりの販売額は、東京都で平均の1.3倍程度でした。人口当たりの販売額も東京都では2~3倍です。都市は地方に比べて、業務活動や生活活動、生活スタイルの違いによって、小売業、飲食業への支出が大きく、従業員数が多くとも地方部より高い収益があると推測されます。

 「法人税課税状況」によると、1955年の法人所得は4,470億円で、そのうち1,954億円、44%を東京都が占めていました。大阪府は15%です。東京都の比率は、一時的に低くなることもありましたが、その後も40%台を維持しました。これに対して大阪府は、高度経済成長期にやや上昇しましたが、その後は徐々に下降し、2010年ごろから10%を下回るようになりました。法人所得における東京都のウエイトはさらに増大し、東京都と他地域との給与格差も拡大していきました。

 
 図 3都府県の法人所得の全国シェア


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